機械式カメラは
卓越のリペアで甦る
製造されてから何十年も経過しているカメラは個体によりコンディションが異なる。
その状況を見極めながら、すべての部品を手作業で分解・組立・調整して甦らせる。
▲▶︎整備のために分解・清掃した後、組み戻す段階のニコンS2。作業スペースには外装部品が並んでいる。

キィートスで修理・調整を受け付けてくれるカメラはニコンに限られ、基本的に機械式のシャッターを持つモデル。レンジファインダー機はニコンⅠ、M、S、S2、S3、S3M、S4、SP。一眼レフはニコンFおよびF2で、FフォトミックFTnおよびF2フォトミック/Aファインダーの整備も対応可能。ニコンFM、FM2、NewFM2およびニコマート全機種、FE、FE2、F3は部品交換を伴わない修理の相談を受けてくれる。レンズはレンジファインダー用ニッコール、一眼レフ用MFレンズで、非AiレンズのAi加工も受付可能だ(一部レンズ対象外)。
▲日本光学工業㈱が戦後に平和品へ転向し、初めて設計・製造したレンジファインダー機がニコンSシリーズだ。
工房内で行われているオーバーホールの様子を拝見させていただき、それは機械式腕時計のリペア工房でのワークフローに極めて近いことに気がついた。修理対象物は専用の機器で計測され、不具合の箇所を洗い出すことで修理の方針が決定する。それから手作業で分解し、機体の状況を観察しながら各部を洗浄。稼働部に適切な注油を施してカメラを正しい状態へと戻していく。
▲日本初の標準ズームレンズとして1963年に発売されたZoom-NIKKOR Auto 43-86㎜ F3.5。ニコン愛好家にヨンサンハチロクの愛称で呼ばれる。
腕時計と異なるのは機械部品に加え、距離計や撮影レンズなどの光学部品も扱うことだ。いずれにせよキィートスでは基本的に修理依頼品のオリジナルパーツをそのまま使用しながら甦らせている。そのプロセスに求められるのは、カメラやレンズの成り立ちに関する深い知識、不具合の原因への洞察と対応力、そして作業開始から完了まで一瞬も気を抜かない注意の持続力である。
▲写真学生の定番として親しまれたニコンFM2。これらの機材もキィートスでは修理の相談に乗ってくれる。
「修理のプロ」という、
クラフツマンシップ
今日もキィートスには
古き良き時代のニコン製品が持ち込まれ、
よく整備された往年の計測器や工具を用いて
機械式カメラとMFレンズの再生作業が
粛々と進められている。
▲◀︎キィートスが作業場を設けているのは緩やかな外光が安定して差し込む北向きの2階。直射日光が入りづらいので細かい作業でも集中しやすく、修理工房にふさわしい雰囲気だ。

フォト工房キィートス。それがキィートスの正式名称だ。冠が示すとおり、昭和時代に製造されたニコンの修理・調整が行われている現場には“工房”と称するに相応しい雰囲気が漂っている。工場のように同じ作業を繰り返して大量に製品を作ることを目的としていないのは一目瞭然だが、芸術家のアトリエのように創作物を自我の赴くまま生み出す個的な場とも異なる。ここは同じ志と特別な技能を持った小集団が手作業によって特別な体験価値、すなわち“愛すべきカメラの再生”を提供すべく共に活動する作業場なのだ。
本工房で修理を担当する技術者の数は一時期10数名ほどが常駐していたが、若手の技術者を中心としたデジタル部門を分離。現在はオールドニコンを得意とするエキスパート6名で運営している。作業場はフリーアドレスではなく個々に机が割り当てられ、それぞれが自分仕様にチューニングした工具類が並んでいる。目的に応じて工具先端の形を整えるためのグラインダーや、カメラやレンズの精度を測定するための計測器は共用になっている。その中には修理依頼品のニコンと同世代のレトロな試験機もあり、修理のマイスターと共にアナログカメラの持続可能性を支え続けている。
▲カメラが分解中の状態でシャッター速度を計測できる試験機を使って全速確認し、部品の不具合などを修正・調整している。
▲レンズを装着した状態でシャッター速度が計測可能な試験機は修理前の事前点検はもちろん、修理後の最終検査にも使用。
キィートスのロゴマーク
ニコン専門の技術者集団であることから、歴史的な名機であるニコンFのペンタプリズムカバーをモチーフに、卓越した技術力を5つ星で表現。品質の証になるようにシーリング(封蝋)風のエンブレムになっている。