Philosophyフィロソフィー


創業者2人に訊く、
キィートスの哲学とは?
キィートスでオーバーホールしたニコンは、
まるでそのカメラやレンズが新品だった頃のような “キレの良さ” を取り戻す。
名品を再生させるマイスターの足跡と心構えに迫る。
國井 猛Takeshi Kunii
フォト工房キィートス
名誉技術顧問
日本光学工業㈱で長く修理サービス部門に従事した。機械式ニコンカメラのメンテナンスを手掛ける。

長谷川 勝Masaru Hasegawa
フォト工房キィートス
名誉技術顧問
日本光学工業㈱ではレンズ鏡筒などの製造に携わった後に修理サービス部門に。レンズ整備の中心人物。

「ニコンFは部品からしっかりしていると感じました」――― 國井
キィートスの創業者2人は日本光学工業㈱で長い社歴を持つ。國井猛さんは1964年に入社。丸の内の東京海上ビル8階にあった修理部に配属された。当時はニコンFの最盛期で、先輩に指導を受けながら修理の仕事を開始。國井さんはニコンで働き始める前に国産メーカーの栗林写真工業(ペトリカメラ)に在籍し、カメラの組み立てに従事していた。
「ニコンFはカメラそのものが全然違う、部品からしっかりしていると感じました」
人に教わるだけでは身につかないので家でも作業して仕事を覚えるため自腹でニコンFを購入。
「当時の給料5ヶ月分で、月賦で買いました」
1968年からニューヨーク、サンフランシスコのサービス部門に赴任。ハワイや北米各地から集まってくる水中カメラのニコノスの修理も覚えた。1970年に日本のサービス部門に戻ってからはニコンの認定店に出張をして、持ち込まれたニコンを点検・整備する“出張カメラ診断”に技師として参加。修理を始めると人々が集まってきて視線を浴び、普段の仕事とは違う雰囲気も味わったという。
▼▶左からニコンS、Fの底蓋の歪みを修正する工具、自動絞り作動テンション測定装置と特殊形状のオープナー。
「組み立てから修理に転属して40年が経ちました」――― 長谷川
長谷川勝さんの入社は1962年。戦前竣工の由緒ある大井101号館でレンズ鏡筒の調整作業に就いた。
「ピントリングの感触を良くするため、ヘリコイドにラッピング剤を入れて往復運動させ、汗をかきながら動きを調整していました」
ニコンFの交換レンズ拡充時と重なり、広角から望遠まで様々なレンズを手がけた。長谷川さんの製造の現場での職歴は長く、その後はニコンFおよびF2用のフォトミックファインダーや、驚愕のスペックを誇る8㎜映画カメラの旗艦機ニコンR8、R10の組み立ても担当していたという。
▼◀レンズを固定しているリングの開閉には本鋼製のケガキコンパスやステンレスの厚板を加工した工具を用いる。
「大きいレンズも小さいレンズも基本は同じです」――― 長谷川
製造の第一線での長谷川さんの奮闘は続き、ニコンEMのボディやニコンF3のファインダー組み立てをしていた40代の時点で、サービス部門に人員が足りないからと転属指令が降りた。
レンズの担当となり、先輩が単焦点とズームレンズの分解・調整を見せてくれて、あとは自分で応用していった。
「43~86㎜のズームと標準レンズを作っていたので鏡筒の構造は理解していました。レンズの拭き方は実習でしっかり教わりましたが、最初はどう拭いても最後に跡が残ってしまって苦労しました」
と語る長谷川さんの作業机の上にはバラバラに分解されたレンズと鏡筒部品が並ぶ。話をしながらも手を休めることなく、いつのまにか私たちが見慣れたレンズの姿に。それは大口径中望遠のニッコール135㎜F2だった。
ヘリコイドの組み込みなどは3次元パズルのようだが、長谷川さんによれば基本は同じで順番に分解していけば“なるほど”と分かる。だから首を捻って考え込むことはないという。
「ニッコールレンズは間違えずに組み戻しさえすれば、調整が必要な部分は殆どありません。それは元々の部品の精度が高いということだと思います」
「私のベストニコンはF。カメラといえばFです」――― 國井
ニコンの機械式カメラは部品精度が高く耐久性に優れ、シャッター幕の損傷さえなければ特定の寿命はないと國井さんは静かに語る。とはいえ半永久的に稼働させるには、適切なオーバーホールを施すことが条件だ。ひとつひとつ手を抜かずに分解し、洗浄して、また組み立てる。極めて基本的なことだが、そうして丁寧に仕事をしていけば作動も良くなり、音も静かになるという。
國井さんが考えるニコン最高の名機はF。
「部品ひとつひとつの作動が違います。先輩方が手作りで組み立てた熱意が伝わってくるカメラです」
とのこと。キィートスで扱うカメラには、交換部品が存在しない。代わるものがないから作業には細心の注意と多くの時間を要する。
「部品がないものを直すものですから、普通は1日で終わるものを3日くらい組んだり外したりを繰り返す場合もあります」
1台を何時間で仕上げると決めることなく、修理をしている本人が納得しなければ完成としない。決して手を抜かず、お客様から預かったカメラと丁寧に向き合う。この心構えと長年の経験で培われた技能の掛け合わせが、キィートスの修理品の卓越した品質を支えているのだ。
Zoom-NIKKORAuto 43-86㎜ F3.5は、長谷川さんがレンズの構造を学んだ1本だ。